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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)195号 判決 1994年7月19日

原告

朝木明代(X1)

矢野穂積(X2)

被告(東村山市長)

市川一男(Y)

右訴訟代理人弁護士

奥川貴弥

高木裕康

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

被告は、東村山市に対し、一二五〇万一〇五六円及びこれに対する平成五年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、東村山市の住民である原告らが、同市が借り受けたゲートボール場等のスポーツ施設用地について固定資産税を賦課しなかったことは違法であるとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、同市に代位して、市長である被告に対し、右固定資産税相当額の損害の賠償を求めた住民訴訟である。

二  本件の基本的な事実関係は次のとおりである(末尾に証拠を掲げた部分以外は、いずれも当事者間に争いのない事実である。)。

1  当事者

原告らは、東村山市(以下「市」という。)の住民であり、被告は、昭和五八年五月から東村山市長(以下「市長」という。)の職にある者である。

2  本件各土地の借受けの経緯

(一) 市は、昭和五二年頃から、市内の数か所の土地を借り受けて、テニスコートやゲートボール場などのスポーツ施設として整備し、これを市民の利用に供しており(〔証拠略〕)、昭和六二年度の固定資産税の賦課期日である同年一月一日当時、別表1の借用地欄に記載された各土地(以下「本件各土地」という。)を借り受け、同表の施設名欄に記載された施設用地として使用していた。

(二) 市は、本件各土地を借り受けるについて、その土地所有者に対し一定の報償費を支払うことを約したが、契約書では、右報償費についての定めはなく、「貸借料は無料とする」との条項が記載されている。また、市の総務部用地課職員は、本件各土地の貸借に関する契約(以下「本件各契約」という。)を締結するに際し、土地所有者に対して、土地の固定資産税及び都市計画税は非課税扱いとなることを説明し、契約書にも(当該土地に係る「契約期間内の固定資産税及び都市計画税を減税するものとする」との条項が定められた(〔証拠略〕)。

本件各土地について支払われた昭和六二年分の報償費の額は、三・三平方メートル当たり月額五〇円であり、その年額は、別表1の報償費欄記載のとおりである。

3  本件固定資産税を賦課しなかった事実

固定資産税の賦課決定は、地方税法(以下「法」という。)一七条の五第三項の規定により、法定納期限の翌日から起算して五年を経過した日以後においてはすることができないものとされているところ、被告は、本件各土地が法三四八条二項一号所定の非課税用途(公用又は公共の用)に供されている固定資産に当たるとして、土地所有者に対し、本件各土地に係る固定資産税を賦課しなかったため、本件各土地に係る昭和六二年度分の固定資産税(以下「本件固定資産税」という。)については、その法定納期限である昭和六二年四月三〇日(法一一条の四第一項、三六二条一項、東村山市税条例四八条一項)の翌日から起算して五年を経過した平成四年五月一日以後これを賦課することができないこととなった。

本件各土地に係る本件固定資産税の額は、別表1の固定資産税相当額欄記載のとおりであり、その総額は一二五〇万一〇五六円である。

4  監査請求等の経緯

(一) 原告朝木明代は、東村山市議会議員として、昭和六三年ないし平成二年の各三月開催の同市議会本会議における質疑の中で、被告が本件各土地について固定資産税を賦課しないことは、「固定資産を有料で借り受けた者がこれを法第三四八条第二項に掲げる固定資産として使用する場合においては、当該固定資産の所有者に対し固定資産税を課する。」と規定した東村山市税条例四〇条の六(以下「本件規定」という。)に違反している旨を指摘し、被告に対し、本件各土地についても右条例に従って固定資産税を賦課するよう求めた。

(二) そして、原告らは、平成元年六月一二日、被告が市長として本件各土地に係る昭和六三年度分の固定資産税の賦課徴収を怠っていることにつき、住民監査請求をしたところ、監査委員は同年八月一〇付けで、被告に対し違法行為を防止するよう勧告した。

そこで、被告は、右勧告を容れ、平成二年度から、報償費を支払って土地を借り受けることをやめ、土地所有者の選択に従って、報償費を支払わない使用貸借契約か、相当額の賃料を支払う賃貸借契約のいずれかを締結することとし、賃貸借契約を締結した土地所有者に対しては固定資産税を賦課することとした。

(三) 第一次訴訟

原告らは、右(二)の監査結果のうち市の被った損害補填措置について勧告がなかったことを不服とし、平成元年九月四日、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、被告に対し、昭和六三年度分の固定資産税相当額の損害賠償を求める住民訴訟(東京地方裁判所平成元年(行ウ)第一八一号事件、以下「第一次訴訟」という。)を提起したところ、東京地方裁判所は、平成三年三月二七日、被告が本件各土地につき昭和六三年度分の固定資産税を賦課しなかったことは本件規定に違反して違法であるが、右固定資産税を賦課することができる期間が未だ経過していないから、市に損害が生じていないとして、原告らの請求を棄却する判決を言い渡した。

(四) 第二次訴訟

その後、原告らは、平成三年四月二六日、被告が本件各土地に係る昭和六〇年度分の固定資産税を法定の賦課期間内に賦課しなかったとして、これにより市が被った損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを求める住民監査請求を経たうえ、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、被告を相手方として、右固定資産税相当額の損害賠償を求める住民訴訟(東京地方裁判所平成三年(行ウ)第一六四号事件、以下「第二次訴訟」という。)を提起し、平成四年三月一九日、原告らの請求を認容する判決が言い渡された。被告は右判決につき控訴(東京高等裁判所平成四年(行コ)第三九号事件)を提起したが、棄却された。

(五) 第三次訴訟

さらに、原告らは、平成四年四月二八日、本件各土地に係る昭和六一年度分の固定資産税についても、右(四)と同様に、住民監査請求を経たうえ、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、被告を相手方として、右固定資産税相当額の損害賠償を求める住民訴訟(東京地方裁判所平成四年(行ウ)第一一〇号事件)を提起し、平成四年一二月一七日、原告らの請求を認容する判決が言い渡された。被告が右判決につき控訴(東京高等裁判所平成四年(行コ)第一四九号事件)を提起したところ、平成五年五月一三日、控訴審において、原判決を取り消し、原告らの請求を棄却する旨の判決が言い渡された。

(六) 本件訴訟

原告らは、平成五年四月二三日、本件各土地に係る本件固定資産税について、右(四)及び(五)と同様の住民監査請求をしたが、監査委員は、平成五年六月二一日、原告らの請求を棄却し、同月二三日、その旨原告らに通知された。

そこで、原告らは、平成五年七月九日、右監査結果を不服として本件訴訟を提起したものである。

三  争点

1  被告が本件固定資産税を賦課徴収しなかったことは、本件規定に違反し、違法に公金の賦課徴収を怠ったものであるかどうか。

2  右公金の賦課徴収を怠ったことによる市の損害の有無。市の損害を算定するについて、市が本件各土地を使用することができたことによる利益を損益相殺として斟酌することができるかとうか。

3  被告には、本件各固定資産税の賦課徴収を怠り市に損害を与えたことについて故意又は過失があるかどうか。

四  争点に関する当事者の主張

1  争点1(本件固定資産税を賦課徴収しなかったことの違法性の有無)

(原告らの主張)

(一) 本件規定における「固定資産を有料で借り受けた」場合とは、貸主と借主との合意に基づき、固定資産を借り受けるために何らかの金員を支払う場合をいうと解すべきであるところ、市は、本件各土地を借り受けるについて三・三平方メートル当たり月額五〇円の報償費を支払っていたから、本件各土地を「有料」で借り受けたことになり、本件規定により、土地所有者に対し固定資産税を課すべき場合に当たる。そして市長には本件固定資産税を非課税とする裁量権はないから、被告が本件固定資産税を賦課徴収しなかったことは、本件規定に違反し、違法である。

(二) 被告は、本件固定資産税を賦課することは禁反言の法理に照らして許されないというが、本件各土地の所有者は、本件規定を潜脱して固定資産税の負担を免れようと考え、被告と通謀して有料の貸借の事実を隠蔽しようとしたものであり、仮にそうでないとしても、市の総務部用地課職員の非課税扱いとする旨の見解を信じたことに過失があり、いずれにせよ土地所有者は、禁反言の法理によって保護される要件を欠くというべきである。

(被告の主張)

(一) 法三四八条二項ただし書の趣旨は、所有者が一定の公共目的のために固定資産を貸与している場合であっても、これに見合う使用料を得ている場合には、その収入によって固定資産税を負担することができるから、固定資産税を課しても特別の不利益を負わせることにならないということにあるかしたがって、右ただし書を受けて定められた本件規定にいう固定資産を「有料で借り受けた」場合とは、固定資産税の額より高額の使用料を支払って借り受けた場合か、あるいは、民法上の有償契約により使用の対価を得ている場合をいうものと解すべきであるところ、市が支払っていた報償費は本件固定資産税の額や近傍の駐車場の賃料よりも低額であるから、本件においては、いずれにせよ「有料で借り受けた」場合とはいえず、本件規定は適用されない。

(二) 法三四八条二項ただし書は、市町村の長に固定資産税の賦課についての裁量権を与えているが、右規定を受けて制定された本件規定にいう「固定資産税を課する」との文言も「固定資産税を課することができる」と同義であって、市長の裁量権を制限したものと解すべきではない。しかるに、本件各土地の所有者は、公益目的のために、固定資産税額よりも低額の報償費の支払を受けるだけで市に土地を提供したのであり、このような場合に土地所有者に固定資産税を賦課しないことは、合理的な措置であって、被告の裁量権の範囲内の行為として適法である。

(三) 市は、本件各土地を借り受ける際、土地所有者に対して、報償費を支払うことを約すとともに、契約書に固定資産税等を減免する旨を表示して、固定資産税等は非課税であるとの見解を示しており、土地所有者は、市の示した右見解を信じて本件各土地を貸すことに同意したのであって、このような事情のもとでは、被告が土地所有者に対し本件固定資産税を遡って賦課徴収することは、禁反言の法理により許されないというべきであり、したがって、被告が本件固定資産税の賦課徴収をしなかったことは違法でない。

(四) 被告が本件固定資産税を賦課すれば、土地所有者に対して不測の損害を与えることにより、土地所有者の市に対する信頼が損なわれ、以後、市が本件各土地を借り受けて市民にスポーツ施設を提供することも困難となる状況にあった。したがって、仮に、被告が本件固定資産税の賦課徴収義務を負っていたとしても、被告は、同時に、市長として、土地所有者の市に対する信頼を守るとともに、市民にスポーツ施設を提供するという義務を負っていたのであり、市の利害得失を考慮すれば、被告が後者の義務を選択したことは妥当な判断であって、その結果、これと両立しない固定資産税の賦課徴収義務を履行できないことにたったとしても、これをもって違法ということはできない。

2  争点2(市の損害の有無)

(原告らの主張)

(一) 市は、被告が本件固定資産税一二五〇万一〇五六円の賦課徴収を怠ったことによって、右税額と同額の損害を被ったものである。たとえ、市が本件各土地の使用利益などの利益を得たとしても、これと市が被った右損害とを損益相殺することは、地方団体の徴収金と地方団体に対する債権との相殺を禁じた法二〇条の九の規定に反するとともに、法令上の課税要件が満たされる限り、課税をしなければならないとする租税法律主義の原則にも反する結果となり、許されない。

(二) また、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく当該職員に対する損害賠償請求においては、財務会計上の違法な行為又は怠る事実と相当因果関係があり、かつ、法律上の対価関係がある利益でなければ損益相殺の対象とすることができないと解すべきである。しかるに、土地所有者が本件各土地を市に貸したのは、市が固定資産税を非課税とすることを約束したからではなく、市に土地を貸せば、貸借の終了後、長期営農継続農地としての認定を得ることができ、これに伴う税制上の優遇措置を受けられると考えたからであるし、そもそも固定資産税を賦課しないことの対価として市が利益を得るということはあり得ない。したがって、仮に、市が本件各土地の使用利益を得ているとしても、右利益は、本件固定資産税を賦課徴収しなかったことと法律上の対価関係になく、また、相当因果関係もないのであって、右利益を損益相殺の対象とすることはできない。

(三) 仮に損益相殺が許されるとしても、本件各土地の所有者は、市から土地の返還を受けた後に長期営農継続農地としての認定を受けることを目的として、市に土地を貸したのであり、市が得た本件各土地の使用利益は、農地としての賃料相当額(別表4)を基準として算定すべきである。

(被告の主張)

(一) 地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく当該職員に対する損害賠償請求において、損益相殺の対象とすることができる地方公共団体が得た利益は、財務会計上の違法な行為又は怠る事実と相当因果関係があれば足り、法律上の対価関係にあることを要しないと解すべきである。

本件各土地の所有者は、固定資産税が非課税となると考えたからこそ、通常の賃料よりもはるかに低額の報償費の支払を受けるだけで、土地を市に貸すことを承諾したのであるから、市が通常の賃料を支払うことなく本件各土地を使用し得た利益は、本件固定資産税を非課税としたことと相当因果関係があり、損益相殺の対象となる。

また、仮に、損益相殺をするためには、違法な行為又は怠る事実と利益との間に法律上の対価関係を要すると解するとしても、本件各契約においては、固定資産税を非課税とすることは、報償費の支払と併せて、土地の提供の反対給付となっていたのであるから、本件各土地の使用利益は、本件固定資産税を賦課しなかったことと法律上の対価関係にある、

(二) 市は、本件各土地を農地としてではなく、スポーツ施設用地として使用したのであるから、その使用利益は、農地として賃借する場合や建物所有目的で賃借する場合の賃料ではなく、駐車場として賃借する場合の賃料を基準として算定するのが相当である。そして、三・三平方メートル当たりの単価を基準として、本件各土地の近傍の駐車場の賃料額から本件各土地の報償費の額を差し引くと、別表3のとおり、本件固定資産税の額を上回るから、市には被告が本件固定資産税を賦課しなかったことによる損害は発生していないというべきである。

3  争点3(被告の故意過失)

(原告らの主張)

(一) 被告は、本件固定資産税を賦課徴収しないことは違法であり、これにより市に損害を与えることを知りながら、故意にその賦課徴蚊をせずに市に損害を与えたものである。

(二) 仮にそうでないとしても、原告朝木明代が市議会本会議において本件固定資産税を賦課しないことの違法を指摘していたこと、第一、第二次訴訟の各第一審判決において、本件各土地の固定資産税を賦課しないことは本件規定に違反する旨判断されていたことなどからすれば、被告は、本件固定資産税を賦課徴収しないことが違法であり、これにより市に損害が生じることを知ることができたにもかかわらず、過失によりその賦課徴収を怠り、市に損害を与えたものである。

(被告の主張)

国家賠償法一条二項等からすれば、公務員が国又は地方公共団体に対する損害賠償責任を負うのは、その公務員に故意又は重過失がある場合に限られるとするのが実定法の原則であると解される。

被告には、本件固定資産税を賦課しないことによって市に損害を与えるという認識がなく、故意がなかったし、また、被告にとって、本件固定資産税を賦課徴収することは、土地所有者の市に対する信頼を守り、市民らの利用するスポーツ施設用地を確保するという市長としての義務に反することになるのであって、被告が、本件固定資産税を遡及的に賦課徴収しなくても違法とならないと判断したとしても、そのことについて重過失があるとまではいえない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件固定資産税を賦課徴収しなかったことの違法性の有無)について

1  一般に「有料」とは、財貨や役務等の利益の提供を受けるについて金員の支払を必要とすることを意味するものであって、法三四八条二項ただし書及び本件規定にいう「固定資産を有料で借り受けた」場合とは、固定資産を借り受けるについて、借主が貸主に一定の金員を支払う旨の合意が成立し、その合意に基づく債務の履行として金員を支払うべき関係がある場合をいうものと解すべきであり、右のような金員の支払がある以上、それが社会通念上無視しうる程度に少額なものでない限り、その額が取引上その固定資産の使用の対価に相当する額といえるかどうかにかかわりなく、「有料で借り受けた」場合に当たると解するのが相当である。

本件においては、市と土地所有者との間で、市が本件各土地を借り受けるについて土地所有者に対し報償費の名目で三・三平方メートル当たり月額五〇円を支払う旨の合意がされ、右合意に基づく債務の履行として市が報償費を支払っていたことは前記(事案の概要二の2(二))のとおりであり、右報償費の額は、社会通念上無視しうる程度に少額であるとはいえないから、本件規定にいう「有料で借り受けた」場合に当たり、本件各土地は、固定資産税の賦課の対象となるものというべきである。

2  被告は、右「固定資産を有料で借り受けた」場合とは、固定資産税の額より高い使用料を支払って借り受けた場合か、又は民法上の有償契約により使用の対価を得ている場合である旨主張する。

しかしながら、法三四八条二項ただし書は、「有料」で借り受けた場合にはその土地所有者に固定資産税を課することができると定めているだけで、具体的に条例で課税するかどうかを定める場合において、収受される使用料の額のいかんを問わずに課税することとするのか、あるいは使用料の多寡を考慮するのかといったことは、専ら課税権者である地方団体の裁量に委ねた趣旨と解されるところ、本件規定が単に「有料」で借り受けた場合には固定資産税を課すると定めていることからすれば、同規定は、「有料」であると認められる以上、その使用料の額のいかんにかかわりなく課税することとした趣旨と解すべきであり、被告が主張するように、これを「固定資産税の額より高い使用料の場合」であるとか、「有償契約により使用の対価を得ている場合」という意味に解することはできないというべきである。したがって、被告の右主張は失当である。

3  また、被告は、本件規定にいう「固定資産税を課する」との文言は「固定資産税を課することができる」と同義であって、賦課するか否かについて被告の裁量権が認められている旨主張する。

法三四八条二項ただし書は、所定の場合に固定資産税を「課することができる」と規定し、固定資産税を賦課するかどうかの判断を課税権者たる地方団体の裁量に委ねたものと解されるが、しかし、本件規定は、固定資産を有料で借り受けた者がこれを法三四八条二項各号所定の固定資産として使用する場合には、その所有者に対し「固定資産税を課する」旨定めており、これは、所定の場合には具体的な事情を問わずに一律に固定資産税を課することとしたものであることは明らかであって、被告主張のように、右文言を「課することができる」との趣旨に解することはできない。したがって、被告には本件固定資産税を賦課するかどうかについて裁量の余地はなく、被告の右主張は失当というべきである。

4  次に、被告は、市は本件各土地の固定資産税を非課税とする旨の公的見解を表示し、本件各土地の所有者はその表示を信頼して市に本件各土地を貸し付けたものであるから、本件固定資産税を遡って賦課徴収することは、禁反言の法理により許されない旨主張する。

確かに、本件各契約を締結するにあたり、市の総務部用地課の職員が、土地所有者に対して本件各土地の固定資産税及び都市計画税は非課税となる旨説明し、本件各契約の契約書中にも「固定資産税及び都市計画税を減免する」との条項が記載されたことは、前記(事案の概要二の2(二))のとおりである。しかしながら、租税法規の適用は納税者間の平等、公平を確保するため厳格に行われなければならないことはいうまでもなく、このことからすれば、税の賦課徴収について権限を有しない市の総務部用地課の職員が、固定資産税の申告や賦課決定等の税務手続とは直接に関係のない本件各契約の締結交渉の過程において、本件各土地の固定資産税等は非課税扱いとなる旨説明し、また、契約書に右のような条項が定められたからといって、このことから直ちに禁反言の法理により租税の賦課徴収が許されなくなると解することはできないというべきである。したがって、被告の右主張は失当である。

5  さらに、被告は、固定資産税の賦課徴収義務と、土地所有者の市に対する信頼を守り、スポーツ施設を確保して市民の利益に資する義務とは両立し得ないから、後者の義務を選択した結果、前者の義務を果たさなかったことは違法でないと主張する。

しかしながら、地方公共団体における行政目的なるものも、法律及び条例等の法令に適合する方法により達成されなければならないのであって、当該目的を法令に適合する方法で達成することが困難であるからといって、当然に法令に違反する施策をとることが許されることになるものではない。しかも、本件においては、被告が固定資産税の賦課徴収義務に違反することなく、スポーツ施設の用地を確保するという目的を達成する方法も十分考えられるのであって、右目的を法令に適合した方法によって達成することが困難であるともいえないのである心したがって、被告の右主張は失当というほかない。

6  以上によれば、被告が本件固定資産税を賦課徴収しなかったことは、本件規定に違反し、違法であるというべきである。

二  争点2(市の損害の有無)について

1  本件固定資産税の額が別表1の固定資産税額欄記載のとおり合計一二五〇万一〇五六円であり、その賦課決定をすることができる期間内に、被告が本件固定資産税の賦課決定をしなかったことにより、よもや本件固定資産税の賦課決定をすることができなくなったことは、前記(事案の概要二の3)のとおりであるから、これにより、市は、本件固定資産税額に相当する一二五〇万一〇五六円の収入を得ることができず損害を被ったものということができる。

2  ところで、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づく当該職員に対する損害賠償請求は、住民が地方公共団体に代位して、当該地方公共団体の当該職員に対して有する損害賠償請求権を行使するものであり、その損害賠償請求権の性質は、民法その他の私法上の損害賠償請求権と何ら異なるところはないというべきであるから、地方公共団体が、当該職員の財務会計上の違法な行為又は怠る事実によって、一方で損害を被ると同時に、他方で利益を得ている場合には、その利益が、当該職員の財務会計上の違法な行為又は怠る事実と相当因果関係にあり、衡平の理念に照らし損害から控除すべき性質のものであると認められる限り、私法上の損害賠償請求権の場合と同様、その損益を相殺した結果によって賠償されるべき損害の有無を判断すべきものと解するのが相当である。

なお、原告らは、損益相殺の対象となる利益は当該職員の財務会計上の違法な行為又は怠る事実と相当因果関係にあるだけでなく、その間に法律上の対価関係が存在することが必要である旨主張するが、損害賠償請求における損益相殺は、損害賠償制度の目的・機能に照らし当事者間の衡平を確保する観点に立って考えるべき性質のものであるから、当該損害の原因たる事実と相当因果関係にある利益であって衡平の理念に照らし損害から控除すべき性質のものであると認められるものであり限り、損益相殺の対象となると解すべきであって、それ以上に、法律上の対価関係といった特別の関係を必要とする理由はないというべきであり、原告らの右主張は採用することができない。

3  そこで、本件についてみるに、前記事案の概要二の事実と〔証拠略〕を総合すれば、本件各契約締結の経緯は次のとおりであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一) 市は、ゲートボール場やテニスコート等のスポーツ施設の設置を求める市民の要望に応えるため、これらの各種スポーツ施設を設置して市民に提供することを計画し、昭和五二年頃以降、市の総務部用地課の職員が、その用地を借り受けるため土地所有者と交渉を始めたが、市の財政事情から高額な賃借料を支払うことも困難な状況にあり、また、土地所有者の中には、賃貸措契約を締結すると解約が難しくなるのではないかとの懸念から、市に土地を貸すことを望まない者も多く、交渉は難航した。

(二) 総務部用地課職員と土地所有者との度重なる交渉の中で、土地所有者から、無料で土地を貸すから固定資産税を非課税にしてほしいとか、固定資産税を非課税とするだけでなく何らかの補填をしてほしいなどの要望が出されたため、市は、これらの要望を受け入れることによって、土地の提供について土地所有者から同意を得ることとし、結局、報償費を支払うこと及び固定資産税等を非課税とすることを約束して、土地を借り受ける契約を締結することができた。

(三) 右のような契約方法をとることによって、その後は、土地の借受交渉が比較的容易になり、市は、本件各土地についても、報償費を支払うこと及び固定資産税等を非課税とすることを内容とする本件各契約を締結してこれを借り受け、スポーツ施設の用地として使用してきた。そして、被告の前任者である市長及び被告は、その後、監査委員による勧告を受けて契約方法を改めるまで(平成二年度から契約方法が改められた。)、土地所有者との約束に従い、借り受けた土地について固定資産税等を賦課徴収しなかった。

(四) かくして、市は、本件各土地について、報償費の名目で三・三平方メートル当たり月額五〇円を支払うだけで、本件各土地を借り受け使用することができたものであるが、昭和六二年度において本件各土地の報償費として支払われた額は、別表1の報償費欄記載のとおりであり、各土地の固定資産税相当額(別表1の固定資産税相当額欄記載のとおり)の約二二ないし六三パーセントに相当する金額である。また、本件各土地の近傍にある民間駐車場の賃料は、昭和六二年当時、車一台当たり月額五〇〇〇円ないし一万円であり、これを一坪当たりの月額に換算すると、別表2坪あたり単価欄記載のとおりであって、本件各土地の報償費として支払われた額は、その僅か約二・九ないし六・九パーセントに過ぎないものであり(別表3参照)、このように、本件各土地の報償費は、その固定資産税額や近傍地の賃料と比較して極めて低額なものとなっている。

4  右認定した事実からすれば、市は、土地所有者に対し固定資産税等を課さないことを約束し、これを賦課徴収しなかったからこそ、固定資産税相当額にも満たない極めて低額の報償費を支払うだけで本件各土地の提供を受け、これを使用し続けることができたのであり、その結果、市は、本来支払うべき通常の賃料相当額を支払わずに本件各土地を使用し利益を得たことが明らかであって、昭和六二年度において市の得た右利益は、被告が本件固定資産税を賦課徴収しなかったことと相当因果関係があり、損害賠償制度における衡平の理念に照らし、被告が本件固定資産税を賦課徴収しなかったことによって生じた市の損害からこれを控除すべきものであるということができる。

そして、本件各土地が市民のためのスポーツ施設という公共的な施設として使用される用地であり、近傍の民間駐車場の賃料がそのまま直ちに本件各土地の通常の賃料相当額とまではいえないとしても、前記認定した事実からすれば、昭和六二年度において、市が極めて低額な報償費の支払だけで本件各土地を使用することができた利益は、少なくとも、本件固定資産税を賦課徴収しなかったことによる市の損害(本件固定資産税相当額)を上回るものであることは推認するに難くないところであるから、結局、市には、被告が本件固定資産税を賦課徴収しなかったことによって、賠償されるべき損害は生じていないということができる。

5(一)  ところで、原告らは、本件固定資産税を賦課しなかったことによる損害と市が本件各土地を使用することができた利益とを損益相殺することは、法二〇条の九及び租税法律主義の原則に反することになるから許されないと主張するが、損益相殺は、前記のとおり、違法な行為によって損害を被ると同時に利益を得ている場合には、損害賠償制度における衡平の理念に照らし、その損益を相殺した結果によって賠償されるべき損害の有無を判断すべきであるとするものであって、本件において、右損益を相殺することが、法二〇条の九が禁止する相殺に当たらないことはいうまでもないし、もとより租税法律主義の原則に反することになるものでもない。

(二)  また、原告らは、本件各土地の所有者が土地を市に貸したのは、市が固定資産税を非課税とすることを約束したからではなく、貸借終了後に長期営農継続用地としての認定を得ることができると考えたからであって、本件固定資産税を賦課徴収しなかったことと市が本件各土地の使用利益を得たこととの間には相当因果関係がない旨主張するが、前記認定した本件各契約締結の経緯からすれば、土地所有者が、固定資産税を非課税とする約束がなかったとしても、本件のような低額の報償費で市に本件各土地を貸したとは到底考えられず、両者の間に相当因果関係が認められることは既に説示したとおりであって、原告らの右主張は失当である。

(三)  さらに、原告らは、市が得た本件各土地の使用利益は農地としての賃料を基準として算定すべきであるとも主張するが、市は、本件各土地を農地として使用するために借り受けたものではなく、スポーツ施設用地として借り受け、使用しているのであるから、その使用による利益も右現実の使用態様に応じてこれを評価すべきであって、農地としての賃料を基準としてその使用利益を評価するのは相当ではないというべきである。

6  以上のとおり、被告が本件固定資産税を賦課徴収しなかったことによって、市は、本件固定資産税相当額の収入を得ることができなかったが、他方で右を上回る本件各土地の使用利益を得たものであり、結局、市には賠償されるべき損害が生じていないということになる。

三  結論

以上によれば、原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 橋詰均 武田美和子)

別表1~4 〔略〕

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